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ここ数日、彼女のブログを読み返してはため息をつく、を繰り返している。 ただただ残念、その一言に尽きる。 毎日読みにいくわけでもなく、読者登録をしていたわけでもない。 いつから読むようになったのかも、よく覚えていない。 昔から闘病という言葉が苦手で、 その類の読み物や番組は一切避けてきた自分が、 ふと思い立ったとき、彼女のブログにアクセスするようになっていた。 彼女が投稿する短い文章には、 時折、物事の本質や真理を突くような言葉が光っていて、 様々な感情や痛みで圧し潰されそうになることだってあっただろうに、 客観性を見失わずに綴られる、端的で率直な言葉が好きだった。 それは自身の芯の強さから来るのかもしれないけれど、ただ強い言葉とは違う。 やさしさと凛々しさがあった。 彼女の言葉に勇気づけられた人が多いとメディアは言うが、 私のように考えさせられた人もたくさんいると思う。 突っ走る人間を立ち止まらせ、気づかせてくれるものがあった。 人に弱味を見せられず強がる人間の腑にも、すとんと落ちるものがあった。 情報が溢れ、ものすごい速度で流れては埋もれ、消えていく時代に、 もう二度と更新されないトップページから過去に遡ることしかできないこと、 逆に画面上ならいくらでもバックナンバーを遡れて、 生きることへの思いや望みが今もこんなに伝わってくること、 それはなんて酷で悲しいことなんだろう。 残念でたまらない。 どうか、安らかにお眠りください。 #
by apricot0113
| 2017-06-25 16:39
| 今
政権交代後、初の米国出張は、このうえなく有意義なものになった。 ますます自分の会社が好きになった。 ここ半年から一年の間に、マネジメント能力を求められる場面が著しく増えた。 それは単なる業務量の多さによる心労とは違うストレスをもたらし、 一筋縄ではいかぬ課題も次々に突き付けてくる。 前例やマニュアルがなければ自分が取り組むしかない。 任せてくれる会社のおかげでやりがいに満ちているのだが、 自分のポジション上、相談できるのは日本法人の上層部の人間だけ。 相談→決裁の段階に持っていくまでのproposal作りに行き詰まることもあり、 今年の第一四半期は結構しんどかった。 50年生きるってこういうことなのかと思ったりもした。 私は管理される方が好きなのに。楽なのに。 愛社心から思い入れが過ぎないよう、独りで抱え過ぎて潰れないよう、 そこは過去の経験も踏まえて気をつけていたのだけれど、 やっぱり少し疲れていたのだろう。 成田を発つときは、出張なのに、何とも言えない解放感があった。 全米はもとより世界各国からシアトルに集まった同僚たちは、 各オフィスで私と同じようなポジションに就いている。 予め登録しておいたあるテーマに基づくRound table discussionで、 思いきって問題提起というか相談をしてみたところ、 矢継ぎ早に返ってきた経験則に基づくアドバイスに圧倒され、 そして力強い励ましに感激した。 各国の事情もあり、それら全てを日本で採り入れられるとは限らないが、 共有して共感されることでこんなに気持ちが楽になるのか―。 そして帰国したら米国本社が既にアクションを起こしており、 直ちに日本法人の上層部とも活発な意見交換の場が設けられ、 課題は解決に向けて一気に進展し始めた。 その展開の早さに心底驚く。 私が苦手な"共有と相談"、今回はタイミングを逸しなかったのかもしれない。 地理的な距離を超えての連帯感と連携がありがたく、 この会社で働けることに改めて喜びを感じている。 私もいつか、アドバイスできる側になれたらいいなと思う。 シアトルは雨続きで、部屋の空調を暖房に切り替えるほど肌寒かったけれど、 カンファレンスが終わった直後、 数時間だけ晴れたのが自分の心境と重なってうれしい。 満開の八重桜と青空のコントラストが美しかった。 着陸時に見えなくてがっかりした大好きなMount Rainierも、 この日はうっすら望むことができた。 ありがたいことに、今回は一日余分に滞在することができた。 フリータイム\(^o^)/♪ 買い物欲はゼロ、ひたすら街並と人のウォッチングがしたくて歩き始めたら、 ![]() 雨の中、延々と続くデモに遭遇した。 気候変動や科学関連予算の大幅削減方針を打ち出したトランプ政権に対して、 科学や環境保護や軽視していると抗議する科学者たちが呼びかけたデモで、 この日、全米各地で行われたらしい。 滞在中、ディナーに招いて下さった本社役員のお宅には、 星条旗と一緒に黒い旗が掲げられており、 黒いのはトランプがホワイトハウスを出ていくまで掲げておくとのこと。 私の知っている反トランプ派アメリカ人の中には、 彼を大統領と呼ばないと言い切る人も多い。 広いアメリカ、ところ変われば大衆の声はまた大きく異なることだろう。 でも、世界を揺るがした民主主義大国アメリカの大統領選挙がもたらしたもの、 その現実を垣間見ることができて貴重な体験になった。 出張の締めは、CEOおススメの老舗のオイスターバーで生牡蠣と白ワイン。 ![]() 実はこの前に魚市場でSASHIMI SCALLOPも、立ち食いしているんだけどね!! ![]() #
by apricot0113
| 2017-05-05 10:45
| 今
海外出張を控えてパスポートの残存期間が足りなくなり、 新しい10年パスポートに切り替えた。 新旧パスポートの自分の写真を見較べて、絶句する。 40歳のわたしと50歳のわたし。確実に老けているではないか。 でも旧パスポートに記された出入国の記録を見ながら、 この10年間の自分の軌跡を振り返ってみると、 案外いい40代だったな、 年を重ねるのは悪くないものだ、 それもまた確かな気持ちであることを実感する。 安定した生活を捨てて自分の足で歩くことを選んだ30代、 正義感と責任感に燃え、会社を愛するがゆえのストレスとも闘い、 死ぬほど悩んで転職を決意した40代、 うまくいってもいかなくても自分の責任、リスクも伴うけれど、 守ってくれる、頼る人がいなくなってから、 私は自分の決断や選択に覚悟が持てるようになったと思う。 そうして積み重ねてきた経験に何一つ無駄なものはなかったと、 心から思えるようにもなった。 50代もそうありたいと願うけれども、 親の病気や介護、我が身の健康問題に直面した今、 これからはそういかないことも出てくるのだろう。 自分の思いや都合だけでは決断、行動できないこと、 思いがけず軌道修正や予定変更を迫られること、 この先、そんな場面に度々遭遇するんだろうなあと思う。 先日、深夜午前2時半に電話が鳴った。 スマホの着信には気づかず、固定電話のけたたましい音で飛び起きた。 父がショートステイ先の介護施設から病院に救急搬送され、 病院に駆け付けた母は医者に、家族を呼ぶよう言われた。 その前の週には、仕事中の私に介護施設から連絡があり、 寝込んでいた母に代わって、早退した私が病院への搬送と検査に付き添った。 いつまた呼び出されるかわからない。 当面の見通しが立たず、自分のアポは立て続けにキャンセルした。 あの3月11日からもう6年なのか、まだ6年なのか、時々わからなくなる。 6年前の今日、余震に怯えながら会社の会議室で待機していたのが、 遠い昔の出来事のように思えるし、 震災後に揃えた備蓄飲料や食料はとっくに消費期限切れ、 買い直すのを面倒臭がったまま、あっという間に6年が過ぎた。 一方で仮設住宅や復興が進まない地域の様子を見ると、困惑してしまう。 6年前で時間が止まったままの人たちは、 どうやってこの歳月と向き合ってきたのだろう。 3月11日付け岩手日報に掲載された詩が胸を打つ。 ![]() 「最後だとわかっていたなら」 残された者が、その思いから解放されることはあるのだろうか。 この思いは、時が経てば経つほど深まっていくのではないか。 何年経ったか、その数字自体に意味はあるのだろうか。 私がこのブログを始めたのは37歳のとき、 まだ37?もう37? それが人生の折り返し地点だったのかどうかわからないまま、50歳になった。 さすがにもう折り返しているだろうし、そうであって欲しいけれど、 今は自分の人生の折り返し地点よりも、 大切な家族の"最後"と残り時間の方が身近で切実な問題に感じられる。 あと何回、父や母と一緒にご飯を食べられるんだろう、 あと何年、この家で暮らせるんだろう、 いつまで家族四人でいられるんだろう、 週末、父の介護のため(というより母を休ませるため)、 姉と交代で実家に泊まりこむ。 帰り際、親にかける言葉と握手には前にも増して力が入るようになった。 言葉とぬくもりがしっかり記憶に刻まれ、伝わるように。 "最後"なんてわかりたくない、 どうかいつまでも"最後"が訪れませんようにと祈りながらも、 この一年間で明らかに残り時間を意識するようになったことを自覚している。 後悔したくない、ただただその一心で。
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by apricot0113
| 2017-03-11 23:45
| これから
家族の半分が入院、という状態がようやく解消されました。 夏の暑い盛りに入院した父は、凍えるように冷え込んだ日に退院。 重篤な状況で大手術した腸は手厚い治療や看護のおかげで快復するも、 長期間の入院を経てほとんど歩けなくなっており、 高齢者在宅介護が一気に現実の問題になってきました。 病気や介護が自分ゴトになってみるまで知らなかったことばかり、 医療はもちろん、健康保険や介護保険制度に救われています。 保険料納めているんだから当然とか、そういうことではなくてね。 お医者さん、 看護師さん、 ソーシャルワーカーさん、 ケアマネさん、 ヘルパーさん、 理学療法士さん、等々、 相談に乗って対処してくれる彼らがいなかったら、途方に暮れていたでしょう。 レンタル介護用品の充実したラインナップにも驚かされます。 退院早々、先生の言い付けを守らず、 自分の体力や機能を過信して独りで動こうとした父は転倒、 頑固な父は倒れても自分で立てると言い張り、 でも結局立ち上れなくて、一晩中その状態でリビングの床に寝る羽目に、 起こそうとした母は、悪化していた膝に加えて腰も痛めてしまいました。 週末、姉や私も交代で泊まり込んだりしていますが、 病気で瘦せ細ったとはいえ、大人の男性を一人で介助するのは大変なこと。 家族だけで乗り切ろうとすれば、いつか共倒れになります。 そうなる前に父にも現実を認識してもらう必要があり、 父の入院中、私も手術を受けて入院していたことを伝えました。 このタイミングで打ち明けるのは、脅すみたいで躊躇いもあったのだけれど。 そして母のパソコンを借りて五か条をA4の紙に出力し、 実家のリビングに掲げました。
これは父だけでなく、家族全員に向けたルールなんですけどね。 この五か条の効果かどうかわかりませんが、 父が今週から二泊三日のショートステイに応じてくれるようになったのは、 大きな一歩でした。 私の入院は当初の予定より少し長引きましたが、 おかげさまで仕事にも復帰しています。 入院中、早く会社に行きたくてたまらなかったので、 年度末の繁忙期を迎えて忙殺されることに幸せを感じていますが、 病理診断の結果、全面的に無罪放免、にはまだなっていません。 五か条ルールのNo. 3とNo. 5は、自戒の意味も含まれています。 父は母と違って感情的にはならず、黙って私の手術の話を聞いていましたが、 やはりショックだったのでしょう、しばらく言葉を失っていました。そして、 何も心配しないで、杏は自分の治療に専念しなさい―。 心配して、心配かけて、家族ってそういうものなんだろうけれど、 これから益々心配ごとが増えていきそうで、時々どーんと落ち込みます。 家族揃ってお正月を迎えられることに感謝し、喜べるよう、 どうか少しずつ明るい兆しが見えてきますように。 #
by apricot0113
| 2016-12-11 00:32
| 今
杏 :やっぱりこういうときはヒーリング系がよろしいんですかね? 麻酔医:いえいえ、ロックでもラップでも自分の好きな音楽でいいんですよ。 というわけで、手術室に持ち込むCDを最終候補4つまで絞り込むも、 ここから先が決められない。 CDで音楽を聴かなくなって久しい。 数年前に大量のCDを処分して、 今、手元に残っているのは,思い入れのある80年代洋楽ばかり。 あの頃は、時代も輝いていたし、私も輝いていた(笑)。 ずーっとそれが続くと思っていた。 ノリノリ過ぎて麻酔が効かなくなっては困るけど、 術前の不安感を吹き飛ばせるような音楽がいい。 やっぱりコレかな、手術室でLet's Groove。 #
by apricot0113
| 2016-11-06 16:36
| 想い出
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